常識のなかで独創性を語るなんてバカバカしい


片山真理《you're mine #001》2014年 

前回のブログ「悩みは解決する必要はないし、本当の意味を探す必要もない」の続きです。

よく一般の方からは

「現代アートは意味が分からない、理解できない。」

と言われます。

それを聞いた時点で私は

「ああ、私たちは『意味』というものに支配されてるんだな。」と思います。

意味がないもの=価値がない、価値を受け取れない

と思われがちですが、現代アートを見ると言うのは

「今ある常識や世界に疑問をもって眺めてみる」

ということです。

こういう「懐疑」の考え方は哲学の影響を非常に受けています。

日本では現代アートと言いますが海外では「Conceptual art」のことです。

つまり「概念のアート」なんですね。

概念なんですから、もともと具体的なものではない、非常に抽象的なものなわけです。 もちろん概念は、目で見えるものではない。

作品を見るんだけれども、目に見える部分だけを見るのではなくて、作品の存在の裏にある目に見えない概念を考えることが必要です。

1「今ある常識や世界に疑問をもって眺めてみる」

2「作品そのものの意味を考えるのではなく、その背後にある概念を考える」

この2つは現代アートを見るうえで非常に大切な要素です。

前回の投稿に書きましたとうり、

「意味」には「意味」などない。

そういう言葉の限界を超えていこうと試行錯誤するのがアートです。

つまり、現代アートを見るときに、常識的な判断基準で見るというのは古い思考システムから抜け出ていない。

視野がまだまだ狭いということでもあります。

みんな、自由に生きよう!独創的なアイデアを生み出そう!独自性が大切!といいながら、

所詮「意味」の世界から逃れられていない。

そして、逃れられていないことさえ気づいていない。

本当の意味で

自由で、独創的で、独自の物を手に入れたいなら

常識の枠から出て、その最先端の現代アートを見るべきです。

私がビジネスマンにこそアートが必要だ!という所以です。

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