アートは考えないと、本当に面白いところは解らない

よく皆さん勘違いされていることですが、芸術特に、現代アートなどは「考える力」がないと、本当の意味では楽しめません。

芸術は感性を豊かにするもので、頭で考えるのではなく、心で感じることが大切だと一般的には考えられています。

なぜ、そういう考え方が主流なのか?

一つには、今の義務教育での美術教育のせいだと思います。

美術の時間は、作品を描くことがメインで、しかも、大概は自由に描きなさいと言われるだけです。

絵具をどう混ぜれば、どういう色になるか?

沢山の色を混ぜれば、混ぜるほど、色は黒くくすんでくる、という基本的な知識(減法混合)さえ教えられないので、

自由に自分の思いのままに、描きたいと思っても、それに反して、思考錯誤して色を混ぜていくうちに、自分が考えているイメージと違う、残念なものしか出来上がらなくて、「絵を描くのは嫌いだ。」と思い込む人も多いです。

または、自分の感情を紙にぶちまけて、感情を発散させてカタルシスを得る行為が、絵画だと勘違いしている人もいます。

現在においては、素人の絵画以外では、自己満足のそんな自分の内面をただぶちまけたような作品が評価を受けることはありません。

中学校でも、ほとんど美術史は学びませんので、芸術がどのような歴史的背景と思想のもとで描かれているのか?なんか、考えもしません。

いえ、そのように描かれているということ自体を知らない人がほとんどなんです。

学校教育では、現代アートが展開するコンセプチュアルアートや映像作品、デジタルアート、パフォーミングアートなど全く触れられていません。

ハッキリ言って、学校での美術教育における「芸術」は、現在まさに起こっている現代アートの動きより100年ほど古い事柄を教えているに過ぎません。

いま、まさに躍動し、形を変えていくアートの面白さやアートの奥深さを知れば、奥深さに感動できますよ。

でも、今は美術館に飾られた名画と呼ばれるものを鑑賞し、その歴史や作者、技法を知り知識を得るだけがアート鑑賞の意味なのでしょうか?

または、鑑賞者が自分の小さな世界観で好き嫌いを言えば、いいものなのでしょうか?

私は、そういうのはアートの可能性の一部分でしかないと考えます。

アートにはもっと、可能性があります。

しかし、ほとんどの人がその意味も、存在自体も知らない。

残念で勿体ないなと思います。

これからの時代は、「創造性」がより重視されてくるのは間違いありません。

まさに、アートは安易な自己解放としての創造性ではなく、世界を創造することなんだと思います。

次回は「心で感じる」ということを改めて書いてみようと思います。

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